皆さん、こんにちは。精神科医の重盛憲司です。
今回はブラックアウトについて書こうと思います。
お酒による一時的な記憶喪失のことです。
皆さんは、お酒を飲んだ翌朝、前夜の記憶がなくなっていたという経験はありませんか?
アルコール依存症が専門の私の診察室にやってきて、「最近飲みすぎているみたいなので、
お酒を減らしたい」とおっしゃる方々は、たいていブラックアウトを経験していて、
それに懲りて受診を決意される方もいます。
患者さんから、こんなエピソードを聞きました。
ある朝、出勤すると、同僚から「昨日のあの子とは、うまいことやったのか」と聞かれたそうです。
その同僚と一緒にキャバクラに行ったことまではなんとなく覚えているのですが、
飲んでいる最中の出来事と、どうやって帰宅したのかの記憶が抜け落ちています。
そのように同僚に伝え、昨夜何があったのかを尋ねると、
とても情熱的にホステスを口説いていたというではありませんか。
普段は恐妻家で通っている人物が、女性に対して積極的だったため、同僚も驚いたそうです。
後日、何げなくスーツのポケットに手を入れると、
キャバクラのものらしいコースターが出てきて、待ち合わせの場所と時間、
そして女性の名前とハートマークが書いてありました。
すでに約束の日時は過ぎてしまっていたため、残念な気持ちになるとともに、
そのコースターが妻の目に触れずに済んだことに、心の底から安堵(あんど)したそうです。
お酒の量を減らそうと思うのも、もっともな話です。
酔っぱらって、部屋をめちゃくちゃにしたのに、翌日目を覚ますと前夜の記憶がないというのは、
映画などではよくあるシチュエーションです。
この場合もブラックアウトを起こしていますが、酔った勢いで暴れるのは、
騒いだり、踊ったり、猥談(わいだん)をしたりという酔いのパターンの問題で、
また、別の話です。
ブラックアウトにより記憶をなくした人でも、多くは普通に会話をして、
自宅に帰り、寝室で休んでいるものです。従って、翌朝目覚めた時に、
「昨夜どうやって帰宅したのか覚えていない」程度の記憶の欠落となることが大半です。
それでも、先ほどの男性のように家庭人としての危機や、
社会人にとっては致命的な失敗に結びつくこともあり、
肝を冷やしたという方もいらっしゃるのではないでしょうか。
アルコール依存症を治療する立場でお恥ずかしい話ですが、私自身も経験があります。
前夜、随分飲んだと思ったのに、翌日財布を確認したところあまり現金が減っていません。
「たいして飲まなかったのかな」と思って、病院に出勤したところ、
一緒だった同僚から「昨夜、立て替えた飲み代を払ってくれ」と言われたことがあります。
危うく友人と信用を同時に失うところでした。
記憶が抜け落ちている間も、普通に会話をしていると書きましたが、
それではブラックアウトはどうして起こるのでしょうか。
記憶には三つの段階があります。「情報の入力(認知)」から始まり、
脳に情報を定着させる「記憶の保持」、そして必要に応じて情報を引き出す「記憶の想起」です。
入力された情報に対しては、酔っぱらっていても、ある程度、正常な反応を示すことができます。
とは言っても、酩酊(めいてい)状態なので、気が大きくなっていたり、
欲望に忠実になっていたりします。
この時、アルコールが記憶に関連する脳の海馬に作用して、
記憶の次の段階、「情報の保持」ができなくなってしまうのです。
ですから、翌朝、思い出そうとしても、飲酒中の記憶がないということになるのです。
ブラックアウトは、アルコール含有率の高いお酒を早いペースで飲むなどして、
血中アルコール濃度が急激に上昇した時に起こりやすくなります。
しばしばブラックアウトするような飲み方をしていると、脳にダメージが蓄積しますし、
アルコール依存症のリスクも上がります。
何より、円満な家庭生活と充実した社会生活を送るためにも、
お酒はゆっくりと味わい、楽しむようにしたいものです。
心療内科・精神科医 1952年、長野県生まれ。慶応義塾大学医学部卒業、
慶応義塾大学医学部精神・神経科学教室を経て、
国立療養所久里浜病院(現・国立病院機構久里浜医療センター)にて
アルコール依存症などの治療に携わる。
~~~~~ヨミドクターより~~~~~
残念ながら、私は遺伝的にアルコール分解酵素が少ないようで
ビール2,3本あるいはウイスキー3~4杯ほどで酔ってしまうため
記憶をなくすような酔い方が出来ません。
したがって、ポケットに怪しい品物(笑)が入っていたことはありません。
おいしいお酒・・・飲みたいですね?!